平和について

中能孝則

50年以上も前のことになるが、平和について父が語ってくれたことを思い出すときがある。父いわく、平和とは「全ての人々が平たく、禾(のぎ)を口にできることである」と教えてくれた。また、禾とは稲、麦、稗、粟などの穀物の総称であるとも教えてくれた。

そのようなことを思うとき、ある日の母の姿も思い出すことがある。

母は、午前中の農作業のあとに昼ご飯をいただいたきその後昼寝をするのであるが、その時に「あー、極楽、極楽」とつぶやきながら風通しの良い畳の上に横になり、ひと眠りしていた。そして目が覚めると夕方までの段取りを確認するようにつぶやき、再び野良仕事に出かけていく。

昼飯と言っても、麦のご飯に味噌汁、たくわんやラッキョウ、イワシの煮干、大根の煮つけ程度の実に質素な昼ご飯であった。

私が祖母から聞いた極楽とは、「桃の花が咲き誇っていて、この世では味わうことの出来ない超楽しいところで、毎日美味しいごちそうを食べることができるところだ」と教わった記憶があり、母がつぶやく極楽とは雲泥の差があった。

しかし、いま改めて思うと、「ご飯が食べられて昼寝ができること」が極楽だということが理解できるような気がする。

そのようなことを念頭に置きながら私たちの国日本を見てみると、この国は今本当に平和だろうかと思うことがある。うがった見方かもしれないが、戦争がないだけまだましだと思えばそうかもしれないが、本当にそうだろかと思うのである。

ウクライナに平和が訪れ、「全ての人々が平たく、禾を口にできる」日が一日も早く来ることを心から願いたい。

ゲゲゲの鬼太郎と妖怪人間ベムの話

副理事 藤永清和

妖怪人間ベムは、「早く人間になりたい」と叫ぶ。いっぽう、
ゲゲゲの鬼太郎は
ゲ、ゲ、ゲゲゲノゲー朝は寝床でグーグーグーたのしいな
たのしいなおばけにゃ学校も試験もなんにもない
と、お化けであることを全面的に肯定している。
わたしたちは「日野福祉の学校」であり、皆学ぶことが好きだ。
しかし、自分ではない何かになろうとする必要があるのか。

憂歌団のゲゲゲの鬼太郎

髭なしゴゲジャバル

理事長 湯本とおる

ゴゲジャバルとは見た目もさえない野良猫の名前です。

昭和49年NHKみんなのうたでこんな歌が流れました。

陽気な伴奏に乗って・・・(^^♪

宿なし猫のゴゲジャバルが昼寝をしているうちに、わんぱく小僧がやってきてヒゲを切り落としてしまいました。それを哀れに思ったばあさまは数珠を手にして早くヒゲが生えるよう祈りました。大地主の良左衛門さんは膏薬をたくさん買ってきて、ゴゲジャバルの顔一面に張り付けて祈りました。それを見てネズミどもは大笑い。村中の若者たちは数珠を手に月夜の丘に登って、みんなでヒゲの神様や閻魔大王や、寿老人にお願いしました。タヌキも腹鼓をたたいて祈りました。

「お出まし お出まし髭よー。生えまし 生えまし髭よー。」

「ホーイホー!ホーイホー!」

同じ生き物を思いやるやさしさと気持ちのゆとりと・・・。