日時:2026年5月15日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
飲食:各自ご持参ください(食事制限や嗜好などがあるため)
会費:300円(会員) 500円(非会員)
たまりば26年4月17日(金)
10名で話し合いました。
1. 政治・宗教のタブーと世代間の感性
現代の職場や社会において、**政治や宗教の話題は対立を避けるための「タブー」**となっている現状が語られました。特に若い世代は政治に無関心であるとされる一方で、特定の政治家(高市早苗氏など)に対して、高齢層とは異なる直感的な支持を示す傾向も指摘されています。
参加者の一人は、**「政治は私たちの生活そのもの」**であるにもかかわらず、それが遠ざけられ、中立性という名の下に反対運動や社会問題への関与が批判される風潮(沖縄の事件など)に懸念を示しました。また、国際情勢や法秩序よりも「力の支配」を肯定するような新しい価値観の変化に対し、戦後民主主義を生きてきた世代としての戸惑いと、それを受け止めきれない自己の葛藤も吐露されました。
2. 学歴偏重への疑問と「生きる力」
話題は現代の激しい教育競争や医学部志望の過熱にも及びました。しかし、参加者からは、学歴や資格が必ずしも「生きる力」や人間的な魅力に直結するわけではないという鋭い指摘がなされました。
その象徴として語られたのが、ある参加者の兄のエピソードです。その兄は勉強が大嫌いで中学卒業後に靴職人の丁稚となりましたが、後に自らの直感力を頼りに商売(消費者金融)を始め、大きな成功を収めました。この事例を通じ、**「経済学を学んだからといって良い政治ができるわけではない」**のと同様に、知識を詰め込むよりも、人間が本来持つ素直な感覚や行動力こそが、困難な時代を生き抜くための本質的な能力ではないかという議論が交わされました。
また、中国の「絶学無憂(学問を絶てば憂いなし)」という言葉を引用し、既存の学問的な枠組みを一度捨ててこそ、真に世の中が見える「感動人」になれるという人生哲学も紹介されました。
3. 福祉の現場と行政への怒り
福祉の学校に関わる人々として、地域の障害者支援の現状についても深い議論がありました。「日野市障害者青年学級」が50周年を迎える中で、長年培ってきた活動の重みが語られる一方で、行政の冷淡な対応に対する強い憤りも示されました。
具体的には、車椅子タクシーの運行補助金事業が令和7年度で終了するという決定です。代案もなく「ご理解ください」という言葉のみでサービスを切り捨てる行政の姿勢に対し、参加者からは「どうやって理解しろというのか」「命に関わる問題だ」という怒りの声が上がりました。この問題は、単なる財政の問題ではなく、弱者を守るための「法」や「公正さ」が軽視されている現代社会の縮図として捉えられています。
4. シニアライフと「ご縁」の尊さ
人生の終盤をどう生きるかという「シニアライフ(あるいは死に際ライフ)」のあり方も大きなテーマでした。参加者たちは、これまでの人生を振り返り、人との**「ご縁」**が何よりの財産であったと語り合いました。
特に、迷っている時にかけられた**「あなたならできる」**という「魔法の言葉」が、その後の人生を大きく変える原動力になったという経験談は、参加者たちの共感を呼びました。また、自然の中で遊ぶこと(森の幼稚園、釣り、登山など)の重要性も強調され、人間が動物として「歩けること」「自然と共生すること」の根源的な価値が再確認されました。
結論:新しい価値観へのバトンタッチ
この記録は、戦後を生き抜いてきた世代が、変化の激しい現代社会に対して抱く違和感や批判を共有しつつも、それをどう次世代にバトンタッチしていくべきかという模索の軌跡です。
最後には、障害があってもなくても「できること」を大切にする**「バリアアリー」**の考え方を掲げる「夢のみずうみ村」への視察予定や、自宅への太陽光パネル設置といった前向きな挑戦も語られ、たまりばの対話は幕を閉じました。学歴や地位といった外的な指標にとらわれず、自分らしい生き方を追求し、直感とご縁を大切にすることの重要性が、この約2000字の対話の中に凝縮されています。
*4月17日(金) 19:00~
*場所:公益財団法人社会教育協会3階
*参加費:会員は300円 一般は500円
*出席さる方は当日直接会場へ。
※基本的にはフリートーキングです。
たまりば26年3月13日(金)
日時:2026年3月13日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
13日のたまり場は参加者4名でこじんまりやりました。松本文科大臣の不倫の話から始まり、不倫も人間としての本能であるのでは?という話になりました。ただ、文科大臣ですからね〜。その後亡くなったお父様の日記を目にして、日記は残すものではないという話と、教員時代に宿題出さなかったけど、日記を宿題にし、仕事を辞めてから自分はブログで日記を綴っているという話など、いろいろ興味深い話がありました。
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
飲食:各自ご持参ください(食事制限や嗜好などがあるため)
会費:300円(会員) 500円(非会員)
たまりば26年2月13日
Pixel9(スマホ)で録音しつつ文字起こしを実施し、
その文字列(文章になっていない)をcopilotで要約した
この日の話題は、腰痛や手術の話題から始まり、介護保険の仕組みや高齢期の健康管理へと自然に広がっていった。65歳以上であれば介護認定の対象になること、リハビリや運動が再発予防に重要であること、本人が嫌がっても支援につなぐ難しさなど、実体験を交えた深い話が続いた。日本人特有の「気遣い」から本音を隠してしまうエピソードも紹介され、夫婦関係の微笑ましい話題で場が和んだ。
その後は、家族介護の現実や認知症の進行によるコミュニケーションの困難さ、介護する側の葛藤が語られた。元気だった夫婦が一気に崩れる脆さ、独居高齢者の孤立、補聴器を使わないことで会話が噛み合わなくなる問題など、身近な地域の高齢者の姿も共有された。耳の詰まりや耳垢の話題など、健康にまつわる軽いエピソードも交えながら、日常の困りごとが次々と語られた。
中盤では、サーフィンの魅力や海の景色、仲間とのつながりなど、趣味の話題で一気に明るい空気に。40代から始めても続けられるスポーツであり、70代・80代でも楽しむ人がいることに驚きと感心が寄せられた。自然の中での開放感や、波に乗る身体感覚の話は、聞き手にも爽やかな印象を残した。
後半は再び認知症の話題に戻り、「自分の認識を基準に世界を見る」という相対性が語られた。発達障害を「発達ユニーク」と捉える新しい考え方、子どもたちの特性が教えてくれる「生きることの平等」など、教育・福祉の視点も交錯した。さらに政治の話題へと移り、選挙結果の背景、物価高への不安、情報の偏り、世界情勢の捉え方など、多角的な議論が展開された。特にアフリカや南米が日本の報道から抜け落ちている現状への問題意識が共有された。
最後は、上野・奏楽堂での演奏会に出演したという明るい話題で締めくくられた。80歳を迎えても成長を感じられる喜び、「花の80代」を楽しみたいという前向きな言葉が印象的で、全体の会話を温かくまとめる結びとなった。
注:copilotは一度に1万文字程度しか読み込めず、複数回に分けて読み込ませた。その後まとめて要約するよう指示した
2026年 新年会 1月9日
日時:2026年1月9日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
参加費:2000円
18名が参加し、大盛況でした。

初めての参加者も。テーブルを片付け忘れてる。

たまりば12月12日
日時:2025年12月12日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
飲食:各自ご持参ください(食事制限や嗜好などがあるため)
会費:300円(会員) 500円(非会員)
たまりば11月14日
日時:2025年11月14日 19:00~21:00
会場:公益財団法人社会教育協会 シンデレラビル3 階ゆうりかホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
参加者:7名
ボケた話から、コロナ感染、学生時代の写真仲間との長瀞旅行、民宿勉強屋の二宮尊徳の話をイントロとして、次のような話にひろがった。以下、録音から生成AI(notebookLM)によるまとめ。けっこう勝手な解釈をしているように思われる。
友人の死、熊の生態、そして人間の本質
1 ソース
この音源は、主にクマの出没と人間との関係、および友人との旅行や過去の思い出についての会話を収録しています。語り手たちは、山形県新庄市への亡くなった友人のお墓参りの旅の計画や、その旅先でのクマの出没といった個人的な出来事について話し合います。また、会話は、クマが人里に降りてくる原因(例:食料不足、生息地の減少)や、クマによる被害を防ぐための対策、さらにはクマの食性変化について議論する社会的なテーマへと展開します。さらに、結婚や倫理的な問題(不倫など)といった広範な社会的論点に関する意見交換も含まれています。
この対話において、「友人の死」「熊の生態」「人間の本質」はどのように関連づけられ議論されたか?
この対話において、「友人の死」「熊の生態」「人間の本質」という三つのテーマは、故郷や人生、そして根源的な本能と理性の対比を通じて、関連づけられながら議論されました。
これらのテーマは、直接的な因果関係ではなく、会話の流れや場所、そして人間の根底にある倫理観や本能を探るという点で関連性が高められています。
1. 「友人の死」から「熊の生態」への関連
「友人の死」に関する話は、故郷や人生の変遷を振り返る契機となり、物理的な移動と地域の問題へと議論を導きました。
- 故郷と追悼: 最初の友人は交通事故で亡くなり、残った仲間たちは彼女の墓参り(西玉霊園)を続けています。その後、二人目の友人が悪性リンパ腫で亡くなり、彼女の夫の実家がある山形県の新庄へお墓参りに行くことになります。
- 場所の共有: この新庄への旅(何十年ぶりかの二人旅) の文脈で、新庄に関する話題として、つい最近新庄駅の新幹線の車庫に熊が入り込んだというニュースが持ち出されます。これにより、追悼の場である新庄の地で発生した具体的な野生動物の被害という文脈で、議論が「熊の生態」へと移行します。
- ジビエと食肉: さらに、新庄で生活している友人(亡くなった友人の娘の旦那)が漁師であり、クマの肉を自分で獲って(ジビエ)いるという話が出され、熊肉の調理法や食用としての難しさへと話題が深まっていきます。
2. 「熊の生態」と「人間の本質」の関連
「熊の生態」に関する議論は、野生動物の生存戦略、本能、そして人間との境界線というテーマを通じて、「人間の本質」に関するより深遠な倫理的・道徳的な問いへと繋がりました。
- 本能と生存の論理: 熊が人里に降りてくる理由として、餌の不足(ブナの実の凶作) や、里山からの人間の撤退、そしてその結果としての肉食化(イノシシや鹿の肉を食べる学習能力) が挙げられます。これは、野生における生存のための本能的な行動として捉えられています。
- 理性と本能の対比: この熊の「本能的な行動」や「学習能力」の話題を経て、会話は突如として、結婚や世間の目、そして不倫の話題へと移ります。
- 本質的な衝動の探求: 不倫を非難する社会の心理を「嫉妬」(俺もやりたい) と分析した後、究極的な問いとして**「不倫は本質的なのかな?」**、すなわち「本来は不倫するように人間ってできてるん?」 と、「人間の本質」そのものが問われます。これは、人間が「複数の遺伝子を競わせる」ようにできているのではないかという見解にも繋がっています。
- 「とんでもないもの」としての本質: この「本能/本質」の議論は、さらに戦争や性的な暴力(特にウクライナでの事例)へと発展し、男性の中に潜む、敵国の女性を犯すという「とんでもないもの」 が、神から授かったもの(本質)として備わっているのではないか、と非常に強く主張されます。
- 制御の必要性: 熊の行動を鈴やラジオで排除しようとしたが通用しなくなった ように、人間の本質(特に暴力的な本能)も、社会的な制裁や道徳、そして理性(理性で抑えないから) によって制御されなければならない、という結論が示唆されます。最終的に、人間に必要なのは「人に対する敬意」であり、それが根本になければならない という教訓へと落とし込まれています。
たまりば9月12日
日時:2025年9月12日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
飲食:各自ご持参ください(食事制限や嗜好などがあるため)
会費:300円(会員) 500円(非会員)
たまりば8月8日
今回の集まりでは、戦中戦後の子どもの名前の変化や、戦争で約300万人が亡くなった事実、帰還兵に「何人殺したか」と無邪気に尋ねる子どもたちの記憶など、戦争と子どもの視点について語られました。
また、コスタリカ旅行の体験談も紹介されました。美しい鳥ケツァールやナマケモノ、ハチドリとの出会い、動植物の持ち出し禁止の徹底ぶりが印象的でした。さらに、内乱終結後に軍隊を廃止し、福祉へ資源を振り向けたコスタリカの姿勢や、裁判所が子どもの「遊び場が狭くなる」という訴えを認めた事例も共有されました。
最後には、現地で味わったコーヒー「パナマゲイシャ」のおいしさにも話題が及びました。戦争と平和、福祉のあり方、そして暮らしを彩る文化まで、多彩な視点が交錯するひとときとなりました。
たまりば7月11日
日時:2025年7月11日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
飲食:各自ご持参ください(食事制限や嗜好などがあるため)
会費:300円(会員) 500円(非会員)
