ACP(人生会議)を考える

ACP(Advance Care Planning)とか、人生会議とか言われても、何のことかわかりません。もう少しわかりやすいネーミングはなかったのかといぶかしく思います。
「患者さん本人と家族が医療者や介護提供者などと一緒に、現在の病気だけでなく、意思決定能力が低下する場合に備えて、あらかじめ、終末期を含めた今後の医療や介護について話し合うことや、意思決定が出来なくなったときに備えて、本人に代わって意思決定をする人を決めておくプロセスを意味している」とのことです。
参考:厚労省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」 https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf

ACP(人生会議)について、読売新聞の連載記事

読者会員登録が必要ですが、参考に。登録したけど、読む方法がよくわかりません。

[安心の設計 医療の意思決定]ACP(人生会議)を考える<1>終末期の過ごし方話し合う…年齢や性別で異なる意識 https://www.yomiuri.co.jp/life/20200419-OYT1T50188/

[安心の設計 医療の意思決定]ACP(人生会議)を考える<2>「蘇生」巡り救急現場混乱…本人らしい最期へ 議論とルール作りを https://www.yomiuri.co.jp/life/20200420-OYT8T50122/

[安心の設計 医療の意思決定]ACP(人生会議)を考える<3>延命か尊厳か 日米で意識差…「万が一」の準備 日本は不足 https://www.yomiuri.co.jp/life/20200421-OYT8T50105/

今までの議論

湯本さんから「いろんな方に迷惑というか影響与えるのですね。かんたんにじぶんのいしではしねない!?」 とのコメントがありました。

新型コロナウイルスに対する、政府・都の考え

2020年2月28日 

①令和2年2月21日東京都政策企画局「都主催イベントの取扱いについて」

別紙②令和2年2月25日厚生労働省「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」

別紙③令和2年2月13日付厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課外事務連絡「社会福祉施設等における新型コロナウイルスへの対応について」

別紙④令和2年2月26日第10回東京都新型コロナウイルス感染症対策会議資料別紙「社会福祉施設等における新型コロナウイルスの感染拡大防止のための留意事項」

在宅死、終末期医療を考える交流会

019年9月6日 日野福祉の学校 出席:9名

問題提起(NIさん)

  • 在宅で死んでいけるには、遺産相続などについて
  • 死を忘れた日本人(2010年出版)
  • 日本人はなぜ死を嫌うのか、死と向き合うには。
  • 親も具合が悪くなるとすぐに病院に運ばれる。家族は十分にかかわれなかった
  • 自分は自宅で死にたい。どうしていけばよいか
  • 今後死についての学習会などが出来ればよいと思う

I

  • 今後はできるだけ在宅で治療しなさい(厚労省)病院も診療報酬が見込めなくなるので、今後は在宅医療を中心にという考え方になってきている
  • いろいろなところで死について語り合う会が出来つつある。
  • 家族の理解が必要、医療チームが整えばかなりのところまで在宅での医療が可能になる
  • 自分が病気にでもならないと真剣に考えることがない。
  • 価値観を考え合うカードのような資料もある。

U

  • 祖父90歳の死を迎えて思うこと、3日後に死ぬといわれていたが、ただ寝ているだけで、ビールを飲んでいた。
  • 3日後に死んだ、うちで死ぬ人は大変珍しいといわれた。家族、親戚が沢山いて、面倒が見れたので、自宅で死ぬことができた。手がいっぱいあることがあった。
  • 祖母96歳も自宅で亡くなることが出来た。

I

  • ひとり暮らしの方がその後のことが決めやすいのでは。

M

  • 義理の祖母が100歳を超えてなくなった。施設で「そろそろ」ということで、自宅に戻り、静かに息を引き取った。
  • 脈はしっかりしていたので、まだ大丈夫と思っていたあが、食べられなくなっていていたのでなくなった。大往生であった。
  • 親戚にこだわる人がいて葬式が大変だった。葬式の後は宴会であった。
  • 兄夫婦は結構きつい感じだった。
  • 昨年弟を見送った、姉弟の縁はなくなっていた。

O

  • 本、死にゆく人について
  • ご主人が亡くなる。医療をすべて拒否して自然死を選んだ。看護師の奥さんも付き添っていたが、ご主人の死がとても美しく思えてきた。
  • 医療だけでは解決できないことがあるのではないだろうか。
  • 現在在宅で看取っていくケースも見ている。
  • いざ死を目の前にすると、生命を維持してほしいと願う人もいる、人間の心は変わって当たり前と思える。
  • 手が当てもダメなものはだめで、ケースドバイケースであると思う。
  • 死にゆく人を看て行ける家族の心構えが必要では。在宅の難しさをどうとらえていくか。家族が家族を見ていられない。
  • 介護している家族も大変である。共倒れになる可能性もある。
  • 家族の中でも点滴など延命治療をするかしないかいろいろな意見がある。どこで線を引くか生前に確認しておく必要がある。
  • 慰労にしないと点滴だけでは持たない。延命はしないという家族の確認が必要。医師からは「餓死させるのですか」と言われた。それから8ケ月生きた。
  • 親戚の対応も結構大変。人の手があればやっていけるとは思わないし、ひとりでも在宅でやっていけることもある(支えるチームがあるかどうか)
  • 後悔しない最後の迎え方について共に考え合うことが大事では。h

T

  • 自分は当事者である。自分はどこで死のうとかまわないが、自分はどのような状態で死ぬのがよいか、自然死を迎えたいが、内面的には自然死できないのでは。
  • 死ぬ練習ができないので、どのようにして死ぬ準備をするか。そのことに関心がある。

O

  • 死について具体的にイメージできる訓練をする

フリートーキング

  • どのように死ぬかは、どの様に生きるか
  • 若い人たちにはその感覚が大きい
  • 生きててほしい、早く死んでほしいという思いは、両方とも本音ではないだろうか。
  • 本音とたて前がづれているのでは。
  • 死を見る勇気が必要では。
  • オランダは安楽死を認めているが、結構厳格に対応している。
  • 2030年には団塊の時代の人たちが死を迎える時代になるが、病院では受け入れることは不可能になってくる。その時にどうする。
  • 死に方について考えることが必要であるが、終末期が長引けは思うようにいかない。
  • 生命力のある人は誰も死にたいとは思っていない。寝ている時間が長くなってきたら考えるようになるのでは。
  • 病院での苦しみに耐えられない生命にどう対応するか。
  • 死についての教育をどう考えるか。
  • 今の世の中は社会に役立つことが基準であるという訓練はしているが、幸せが基準になっていないので幸せになるトレーニングをできていない。幸せな人生を全うしたということが大事ではないだろか。
  • この世でやりたいことはやったなという感覚を持てるか。
  • このような語り合う場が、訓練ではないだろうか。
  • 慰労になったら自分の人生はおしまいという感覚の人も多い。
  • 最先端の医療を学ぶ必要がある。
  • 自分の口で食べることが出来なくなったら、いよいよという考え方もある。

W

  • 介護スタッフ、医療スタッフがどこまで対応できるか不安でもあるが、それを覚悟で在宅でという考え方はあるのでは。
  • 親が苦しんでいると救急車を呼んでしまう。
  • 心のこもった医者の説明が丁寧だと家族は安心する。

K

  • この30年でいろいろな死に方に出会っている。
  • 本人が選ぶこともあれば家族が選ぶこともあるが、どのような形が良いのだろうか。
  • 緩和療法について、医者の処方した薬は飲まない
  • 人間の本音には波がある。本人はどのように思っているか、家族はどのように思ってるか、
  • 本人との信頼関係をどのように築くかが課題である。
  • 日々の生活では見えていなかったものが見えてくる。
  • 一口でも食べれば家族は安心、次にトイレの問題が直面してくる。
  • 家族が食べさせたいものではなく、本人が望むものを食べさせる努力をしていく。
  • 家族から感謝される善意について考えてみる
  • 様々情報に振り回されることもある。家族は様々ことと戦っている。
  • 地域にも支えられていることを知る。
  • 日野の終末期医療の体制も良いところもある。賃貸の部屋というイメージで24時間体制で見てもらえる。(山之上クリニック)
  • どのように見守られていても、覚悟は必要である。

本の紹介

*死を忘れた日本       中川恵一著   朝日出版社

*なんとめでたいご臨終    小笠原文雄著  小学館

*死にゆく人の心に寄り添う  玉置妙憂著   光文社新書

*平穏死のすすめ       石飛幸三    講談社文庫

★次回の交流会

  • いくらやってもやりすぎるということは無いので、続けたい。
  • 宗教などについても語りたい。
  • 戦時中は立派に死ぬことしか教わらなかった。戦争はむごいもので、今は幸せである。このことを理解しつつ、考え合っていく。

在宅死、終末期医療を考える交流会(2)

2019年9月6日 日野福祉の学校

  1. 若い人は死について眼中にないのでは
  2. 自分たちも若い時には死のことについては眼中にはなかった。
  3. 自分の身近にあると考えることもある
  4. 昔(戦時中)は立派に死ぬことが誇りであったが、それは教育であったのでは。
  5. 延命治療をしたけど亡くなった。どこまで生かさなければならないのだろうか。
  6. 家族に迷惑をかけるのならば、自分の持っている寿命で終わるようにしては。
  7. 家族と会話をできなくなっても生かされているのはつらい。
  8. 介護を通じて姉弟が仲良くなった。それはお母さんの役割だったのでは。
  9. 家族の介護と自分の生き方について。
  10. 父親は家族の鬼瓦的存在である。
  11. 墓の今後について⇒墓じまいをどう考えるか
  12. 今後墓をどうするかの考え方。
  13. 日本の宗教観については歴史上の考え方が根強く残っているのでは。
  14. 宗教観については無視できないのでは。
  15. 物理的になくなった人は共同墓地という考え方。心の支えとしてはどう考えるか。
  16. 先祖を供養するという考え方は大切にしたい。が。
  17. 墓友(はかとも)という考え方について
  18. 世界の墓事情について、世界の墓マイラー(日本人がいる)
  19. 最後は家族と過ごすことの尊さも尊重したい。
  20. 家族に死に方を残しても、家族がそれを受け入れなければどうにもならないのでは。
  21. 金銭的なことも含めてどうのように考える。
  22. 父や母は自分たちで面倒見たいが、自分の時は子どもに見てもらおうとは思わない。
  23. 事実としての死をどう考えるか
  24. 死については、歴史的な背景も学びながら考えていく必要があるのでは
  25. その時の出逢いが人生を左右することがある
  26. 祖母が亡くなった時に、それを見ていた母は散骨を希望した。⇒今は少し変わってきているようにも感じる。
  27. どのような状態にあっても生きる意味があるのでは⇒あきらめてはいけない
  28. 絞りようもないことかもしれないが、何か絞って話をしてもいいのではないだろうか。
  29. 間もなく病院では死ねない時代が来る、その時にどうするか
  30. 自分が住んでいる地域でどのような生き方をしていくか。
  31. どのようにすれば医者とざっくばらんに話せるか。
  32.  

★軽く整理してみると

  1. 親世代の生き方と今の世代これからの世代の生き方は違っている。
  2. 延命治療について
  3. 自分が考えている寿命について
  4. 家族介護について、また家族で看取ることの尊厳について
  5. 墓の在り方につて(しまい方、永代供養について、共同墓地、散骨について、樹木葬についてetc。
  6. 死に方の歴史的な背景について学んでみる
  7. 財源についてどう考えるか
  8. ホスピスの在り方について
  9. 自分はどのような生き方をしたいか
  10. 医療と介護のバランスをどのようにとらえていくか
  11. 魂の問題をどのようにとらえていくか

★在宅死について、地域でどのように生きるか、どのように亡くなっていくかのシンポジュームまたはパネルディスカッションを開いてはどうだろう

★具体的な事例で取り組んでみては(メンバーはいると思う)