在宅死、終末期医療を考える交流会

019年9月6日 日野福祉の学校 出席:9名

問題提起(NIさん)

  • 在宅で死んでいけるには、遺産相続などについて
  • 死を忘れた日本人(2010年出版)
  • 日本人はなぜ死を嫌うのか、死と向き合うには。
  • 親も具合が悪くなるとすぐに病院に運ばれる。家族は十分にかかわれなかった
  • 自分は自宅で死にたい。どうしていけばよいか
  • 今後死についての学習会などが出来ればよいと思う

I

  • 今後はできるだけ在宅で治療しなさい(厚労省)病院も診療報酬が見込めなくなるので、今後は在宅医療を中心にという考え方になってきている
  • いろいろなところで死について語り合う会が出来つつある。
  • 家族の理解が必要、医療チームが整えばかなりのところまで在宅での医療が可能になる
  • 自分が病気にでもならないと真剣に考えることがない。
  • 価値観を考え合うカードのような資料もある。

U

  • 祖父90歳の死を迎えて思うこと、3日後に死ぬといわれていたが、ただ寝ているだけで、ビールを飲んでいた。
  • 3日後に死んだ、うちで死ぬ人は大変珍しいといわれた。家族、親戚が沢山いて、面倒が見れたので、自宅で死ぬことができた。手がいっぱいあることがあった。
  • 祖母96歳も自宅で亡くなることが出来た。

I

  • ひとり暮らしの方がその後のことが決めやすいのでは。

M

  • 義理の祖母が100歳を超えてなくなった。施設で「そろそろ」ということで、自宅に戻り、静かに息を引き取った。
  • 脈はしっかりしていたので、まだ大丈夫と思っていたあが、食べられなくなっていていたのでなくなった。大往生であった。
  • 親戚にこだわる人がいて葬式が大変だった。葬式の後は宴会であった。
  • 兄夫婦は結構きつい感じだった。
  • 昨年弟を見送った、姉弟の縁はなくなっていた。

O

  • 本、死にゆく人について
  • ご主人が亡くなる。医療をすべて拒否して自然死を選んだ。看護師の奥さんも付き添っていたが、ご主人の死がとても美しく思えてきた。
  • 医療だけでは解決できないことがあるのではないだろうか。
  • 現在在宅で看取っていくケースも見ている。
  • いざ死を目の前にすると、生命を維持してほしいと願う人もいる、人間の心は変わって当たり前と思える。
  • 手が当てもダメなものはだめで、ケースドバイケースであると思う。
  • 死にゆく人を看て行ける家族の心構えが必要では。在宅の難しさをどうとらえていくか。家族が家族を見ていられない。
  • 介護している家族も大変である。共倒れになる可能性もある。
  • 家族の中でも点滴など延命治療をするかしないかいろいろな意見がある。どこで線を引くか生前に確認しておく必要がある。
  • 慰労にしないと点滴だけでは持たない。延命はしないという家族の確認が必要。医師からは「餓死させるのですか」と言われた。それから8ケ月生きた。
  • 親戚の対応も結構大変。人の手があればやっていけるとは思わないし、ひとりでも在宅でやっていけることもある(支えるチームがあるかどうか)
  • 後悔しない最後の迎え方について共に考え合うことが大事では。h

T

  • 自分は当事者である。自分はどこで死のうとかまわないが、自分はどのような状態で死ぬのがよいか、自然死を迎えたいが、内面的には自然死できないのでは。
  • 死ぬ練習ができないので、どのようにして死ぬ準備をするか。そのことに関心がある。

O

  • 死について具体的にイメージできる訓練をする

フリートーキング

  • どのように死ぬかは、どの様に生きるか
  • 若い人たちにはその感覚が大きい
  • 生きててほしい、早く死んでほしいという思いは、両方とも本音ではないだろうか。
  • 本音とたて前がづれているのでは。
  • 死を見る勇気が必要では。
  • オランダは安楽死を認めているが、結構厳格に対応している。
  • 2030年には団塊の時代の人たちが死を迎える時代になるが、病院では受け入れることは不可能になってくる。その時にどうする。
  • 死に方について考えることが必要であるが、終末期が長引けは思うようにいかない。
  • 生命力のある人は誰も死にたいとは思っていない。寝ている時間が長くなってきたら考えるようになるのでは。
  • 病院での苦しみに耐えられない生命にどう対応するか。
  • 死についての教育をどう考えるか。
  • 今の世の中は社会に役立つことが基準であるという訓練はしているが、幸せが基準になっていないので幸せになるトレーニングをできていない。幸せな人生を全うしたということが大事ではないだろか。
  • この世でやりたいことはやったなという感覚を持てるか。
  • このような語り合う場が、訓練ではないだろうか。
  • 慰労になったら自分の人生はおしまいという感覚の人も多い。
  • 最先端の医療を学ぶ必要がある。
  • 自分の口で食べることが出来なくなったら、いよいよという考え方もある。

W

  • 介護スタッフ、医療スタッフがどこまで対応できるか不安でもあるが、それを覚悟で在宅でという考え方はあるのでは。
  • 親が苦しんでいると救急車を呼んでしまう。
  • 心のこもった医者の説明が丁寧だと家族は安心する。

K

  • この30年でいろいろな死に方に出会っている。
  • 本人が選ぶこともあれば家族が選ぶこともあるが、どのような形が良いのだろうか。
  • 緩和療法について、医者の処方した薬は飲まない
  • 人間の本音には波がある。本人はどのように思っているか、家族はどのように思ってるか、
  • 本人との信頼関係をどのように築くかが課題である。
  • 日々の生活では見えていなかったものが見えてくる。
  • 一口でも食べれば家族は安心、次にトイレの問題が直面してくる。
  • 家族が食べさせたいものではなく、本人が望むものを食べさせる努力をしていく。
  • 家族から感謝される善意について考えてみる
  • 様々情報に振り回されることもある。家族は様々ことと戦っている。
  • 地域にも支えられていることを知る。
  • 日野の終末期医療の体制も良いところもある。賃貸の部屋というイメージで24時間体制で見てもらえる。(山之上クリニック)
  • どのように見守られていても、覚悟は必要である。

本の紹介

*死を忘れた日本       中川恵一著   朝日出版社

*なんとめでたいご臨終    小笠原文雄著  小学館

*死にゆく人の心に寄り添う  玉置妙憂著   光文社新書

*平穏死のすすめ       石飛幸三    講談社文庫

★次回の交流会

  • いくらやってもやりすぎるということは無いので、続けたい。
  • 宗教などについても語りたい。
  • 戦時中は立派に死ぬことしか教わらなかった。戦争はむごいもので、今は幸せである。このことを理解しつつ、考え合っていく。

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