ゲゲゲの鬼太郎と妖怪人間ベムの話

副理事 藤永清和

妖怪人間ベムは、「早く人間になりたい」と叫ぶ。いっぽう、
ゲゲゲの鬼太郎は
ゲ、ゲ、ゲゲゲノゲー朝は寝床でグーグーグーたのしいな
たのしいなおばけにゃ学校も試験もなんにもない
と、お化けであることを全面的に肯定している。
わたしたちは「日野福祉の学校」であり、皆学ぶことが好きだ。
しかし、自分ではない何かになろうとする必要があるのか。

憂歌団のゲゲゲの鬼太郎

“ゲゲゲの鬼太郎と妖怪人間ベムの話” への10件の返信

  1. 妖怪人間ベム,べラ,ベロ…だったでしょうか?人間になった方がいいのかどうか…。まあ、人間だから、しかたないのか…。妖怪のままの方が気ままでいいのかも…ですね。妖怪はコロナ感染しないのでしょうか?

    1. 妖怪は人間の勝手な想像の産物であり、コロナは実在ですよね。

      さて、妖怪が人間になりたいのは人間が妖怪を差別するからではないかと・・・

  2. ゲゲゲの鬼太郎、なつかしー!!
    私の青春時代にマンガが始まって、その後子供たちと見たテレビアニメになって、この歌も流されていたような。歌覚えているんだからそうなんでしょう。
    歌詞の意味は気にしてなかったんだけど、今改めて聴くとこりゃ「極楽」のことだね。「極楽」はいいぞー。
    ・自分の好きな仕事を見つけなくていいし
    ・自分探しも自己実現もいらないし
    ・自分に価値があるかどうか悩まなくていいし
    ・酒はうまいしねえちゃんはきれいだ・・・これ天国だったか!
    極楽からお迎えが来たら、スナオについてっちゃおーーー!

  3. 人は風呂に入ると、「あ~極楽極楽」と言い、
    風呂から出て、「あ~生き返った」と言います。

    ゲゲゲの鬼太郎 もとは、墓場の鬼太郎 でした。
    どんどん、脱線しましょう。

    閑話休題
    これは、障害者と健常者の話です。

  4. 雪のロッキーよりおはようございます。久しぶりにPCを開けました。「自分ではない何かになろうとする」から、どうしても無理が生じてくるように感じます。ただし、自分は何者だろうかと思えば思うほど、これまた、きつくなるような気がしています。
    ありのままの自分らしい生き方とは、また、語り合ってみたいものですね。
    藤永さんのお名前も記入された方が良いように思います。
    ホームページから、ひと息、ため息、心意気のコーナーに行っても、コメント欄が簡単に見えるようにされてはどうでしょうか。
    また過去の投稿も順送りに見ることは可能でしょうか。

    1. 中能さん、ご指摘ありがとうございます。
      署名を入れました。

      現在は、過去の投稿を見られるようにし、その投稿の中から一つを選んでコメントも見るような構造です。
      コメントが大量になることを想定して、良い構造を考えてみます。ご意見ください。
      過去も順送りにというのは、検討中です。いまは、カテゴリーも一緒に「前後」に行く仕組みなので、修正が必要だと思っています。

    2. 「ありのままの自分らしい生き方」とは
      「そんなことを考えないで生きること・生きられること」・・・じゃあ!!

  5. 湯本さんのおっしゃる通りですよね。

    言い換えると、そこに、生きづらさの一つがあるのでしょう。
    だから、ゲゲゲの鬼太郎の歌のように、生きられるのが良いと思います。社会通念に合わせるよう訓練するのも全く不要だとは思いませんが。

    1. 人間の悩みは、そのほとんどが人間関係だといわれています。
      もっと貧しかったわが青春時代(ほんの少し前ですが)を振り返っても、みんなが貧しかったからお金のことはそんなに気になりませんでした。今の生活は、くるまも、電気レーゾーコも、持ち運びできる電話機やカメラやコンピューター、つぎの当たってない衣服、夢に描いた生活が手に入ったのに豊かな気持ちになれません。貧富の差が大きくなった現在、人と比べて貧しさが気になります。やはり「ひと」との関係なのでしょう。
      妖怪の世界の「妖怪関係?」はどうかな⁈

  6. 青春時代。貧しいと思ったことがありません。可処分所得はともかく、自由でした。

    妖怪関係? グループホームを見ると難しいようです。人間が絶えず調停しているような状況です。

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