諦観
理事 藤永清和
ロシアの戦争や中国の横暴、トランプ、プーチン、習近平が世界を牛耳ろうとしているとき、私たちの無力さに諦め、絶望を感じる。バイデン政権のウクライナ支援も限定的だった。戦争をエスカレートしないために強力な武器を提供しないというのは、矛盾している。エスカレートする力がある限り侵略戦争をやめる理由がないではないか。トランプ政権が領土の譲歩による早期和平を描いているとしても、プーチン大統領が掲げる「ネオナチ掃討(現政権の排除)」や「NATO拡大阻止」が本質的な目的であれば、領土交渉では解決に至らない。領土拡張が唯一の目的ではないため、領土交渉だけでは解決しない ので、簡単には終わらないと考えるのが自然。
中国と日本が戦争することはないと思う。日本はアメリカが中国から攻撃されたときに参戦できると考えているが、アメリカと中国が直接戦争するとは考えにくいからだ。朝鮮戦争もベトナム戦争も代理戦争だった。現在は、当時よりはるかに経済的な相互依存が強い。「台湾有事」がその直接対決の引き金になる可能性が世界中で議論されているが、トランプの言動から、直接的な軍事衝突を避け、実利を優先する傾向がみられる。
日本も核武装すべきだという意見もある。その意見の主は、核攻撃をする覚悟があるのか。核攻撃した時の反撃を覚悟しているのか。相手が日本は核を持っても使えないと判断したら抑止力にならない。
こうした複雑なジレンマに個人の力で立ち向かう限界の中で、絶望の淵に転げ落ちないために、私たちにできることは諦観。辞書には、本質を明らかに見て取ること。悟りの境地にあって物事をみること。とある。諦観は、現実を受け入れ、自然の流れに従うことを意味する。巨大な濁流の中で、絶望に飲み込まれないための知恵が「諦観」ではないか。世界の理を直視し、自分に動かせるものと動かせないものを認識する必要がある。そのための諦観である。
そして、世界は変えられずとも、せめて隣にいる人との関係は自分の手で築ける。それこそが、この混迷の時代において、私たちが自分自身の手で守り抜ける、唯一の確かな足場なのだと思う。
たまりば12月12日
日時:2025年12月12日 18:30 受付 19:00~20:30ころ
会場:公益財団法人社会教育協会 3 階ホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
飲食:各自ご持参ください(食事制限や嗜好などがあるため)
会費:300円(会員) 500円(非会員)
政治を語る11月16日
テーマ: 経済政策
時間: 14時~16時
場所: ゆうりかホールにて
4名参加し、2025年度の予算(歳入歳出)の話から始まった。スマートホンで録音と文字お越しを実施し、要約したうえで、PCのchatGPTに「次の記録を1000~2000字で要約してください」と指示した結果です(Wordに張り付けてみると841文字)。
本記録は、日本の財政危機、社会保障制度のひずみ、人口減少、国際情勢、政治意識の変化など多岐にわたる問題を総合的に論じている。まず日本の財政状況について、国際債務残高は主要国の中でも突出して高く、2025年度予算においても歳入の大きな部分を国債発行が占め、歳出の最大項目は増え続ける社会保障費であることが指摘される。年金・医療・介護はいずれも赤字構造で、制度の根本である「保険原則」が崩れている点が強調される。若年人口の急減により、高齢者を支える生産年齢人口は今後急速に減少するため、世代間格差の拡大と制度維持の困難が避けられないとされる。
また、国債費の増大は他分野の予算を圧迫しており、隠された財源もなく増税は不可避との見方が示される。医療・福祉分野では政府の認可制度や社会福祉法人の構造が競争を阻害し、非効率性を生んでいること、地方自治体の財政悪化が国の管理下に置かれる例も増えていることから、社会主義的な統制構造が強まっていると批判される。
国際経済・国際政治に関しては、防衛費増額や台湾有事の議論が日本の財政と安全保障に深刻な影響を及ぼすとされる。台湾海峡の戦略的重要性や中国の経済低迷、観光客減少が日本経済に影響を与えている点も論じられる。さらに、世界的な右傾化の潮流の中で日本国内でも外国人排斥的な議論が拡散しているが、実際には少子高齢化が進む日本には外国人労働力が不可欠であると指摘する。
ロシア・ウクライナ紛争については、西側の見方だけではなくロシア国内の経済状況や、アメリカ・NATOの戦略的思惑、資源問題も背景にあるとする多角的な見解が述べられる。また、領土問題における「メンツ」の重要性、日本や中国の歴史的行動原理、国境をめぐる争いが普遍的に存在してきたことにも触れている。
最後に、年金資金の不正使用疑惑や官僚支配に対する国民の受動性を問題視し、若い世代の未来に対して責任を持つ必要性を説く。世界経済が不安定化する中、日本もリーマンショック級の危機に備えるべきだと結ばれている。
たまりば11月14日
日時:2025年11月14日 19:00~21:00
会場:公益財団法人社会教育協会 シンデレラビル3 階ゆうりかホール(豊田駅北口徒歩2分、すきや3階)
参加者:7名
ボケた話から、コロナ感染、学生時代の写真仲間との長瀞旅行、民宿勉強屋の二宮尊徳の話をイントロとして、次のような話にひろがった。以下、録音から生成AI(notebookLM)によるまとめ。けっこう勝手な解釈をしているように思われる。
友人の死、熊の生態、そして人間の本質
1 ソース
この音源は、主にクマの出没と人間との関係、および友人との旅行や過去の思い出についての会話を収録しています。語り手たちは、山形県新庄市への亡くなった友人のお墓参りの旅の計画や、その旅先でのクマの出没といった個人的な出来事について話し合います。また、会話は、クマが人里に降りてくる原因(例:食料不足、生息地の減少)や、クマによる被害を防ぐための対策、さらにはクマの食性変化について議論する社会的なテーマへと展開します。さらに、結婚や倫理的な問題(不倫など)といった広範な社会的論点に関する意見交換も含まれています。
この対話において、「友人の死」「熊の生態」「人間の本質」はどのように関連づけられ議論されたか?
この対話において、「友人の死」「熊の生態」「人間の本質」という三つのテーマは、故郷や人生、そして根源的な本能と理性の対比を通じて、関連づけられながら議論されました。
これらのテーマは、直接的な因果関係ではなく、会話の流れや場所、そして人間の根底にある倫理観や本能を探るという点で関連性が高められています。
1. 「友人の死」から「熊の生態」への関連
「友人の死」に関する話は、故郷や人生の変遷を振り返る契機となり、物理的な移動と地域の問題へと議論を導きました。
- 故郷と追悼: 最初の友人は交通事故で亡くなり、残った仲間たちは彼女の墓参り(西玉霊園)を続けています。その後、二人目の友人が悪性リンパ腫で亡くなり、彼女の夫の実家がある山形県の新庄へお墓参りに行くことになります。
- 場所の共有: この新庄への旅(何十年ぶりかの二人旅) の文脈で、新庄に関する話題として、つい最近新庄駅の新幹線の車庫に熊が入り込んだというニュースが持ち出されます。これにより、追悼の場である新庄の地で発生した具体的な野生動物の被害という文脈で、議論が「熊の生態」へと移行します。
- ジビエと食肉: さらに、新庄で生活している友人(亡くなった友人の娘の旦那)が漁師であり、クマの肉を自分で獲って(ジビエ)いるという話が出され、熊肉の調理法や食用としての難しさへと話題が深まっていきます。
2. 「熊の生態」と「人間の本質」の関連
「熊の生態」に関する議論は、野生動物の生存戦略、本能、そして人間との境界線というテーマを通じて、「人間の本質」に関するより深遠な倫理的・道徳的な問いへと繋がりました。
- 本能と生存の論理: 熊が人里に降りてくる理由として、餌の不足(ブナの実の凶作) や、里山からの人間の撤退、そしてその結果としての肉食化(イノシシや鹿の肉を食べる学習能力) が挙げられます。これは、野生における生存のための本能的な行動として捉えられています。
- 理性と本能の対比: この熊の「本能的な行動」や「学習能力」の話題を経て、会話は突如として、結婚や世間の目、そして不倫の話題へと移ります。
- 本質的な衝動の探求: 不倫を非難する社会の心理を「嫉妬」(俺もやりたい) と分析した後、究極的な問いとして**「不倫は本質的なのかな?」**、すなわち「本来は不倫するように人間ってできてるん?」 と、「人間の本質」そのものが問われます。これは、人間が「複数の遺伝子を競わせる」ようにできているのではないかという見解にも繋がっています。
- 「とんでもないもの」としての本質: この「本能/本質」の議論は、さらに戦争や性的な暴力(特にウクライナでの事例)へと発展し、男性の中に潜む、敵国の女性を犯すという「とんでもないもの」 が、神から授かったもの(本質)として備わっているのではないか、と非常に強く主張されます。
- 制御の必要性: 熊の行動を鈴やラジオで排除しようとしたが通用しなくなった ように、人間の本質(特に暴力的な本能)も、社会的な制裁や道徳、そして理性(理性で抑えないから) によって制御されなければならない、という結論が示唆されます。最終的に、人間に必要なのは「人に対する敬意」であり、それが根本になければならない という教訓へと落とし込まれています。
保護中: 日野福祉の学校 運営委員会 速記録 2025.11.10
大きい組織は間違えないのか?
55億円地面師詐欺に見る
理事長 湯本 宣
概要
2017年、五反田駅前の土地600坪をめぐり、大手不動産会社が地面師に55億円をだまし取られたことが発覚した。
- 別の土地の所有者(女性)を仕立て、所有者本人に成りすましていた。
- パスポートなど各種書類を偽造していた。
- 地面師たちは複雑な連絡網を駆使し、誰が主犯かわからないようにしていた。
- 地面師たちは、不動産関係者50人ほどに声をかけ売り込みを図っていた。
ここでのポイントは、なぜ多くの不動産業者が詐欺を免れ、大手の会社が騙されてしまったのか、ということである。
怪しいと気付いた不動産業者の話
- 持ち主の女性が、旅館を経営していたという人柄にふさわしくなかった。
- 干支を聞かれたとき間違えて答えた。
- 受け答えがぎこちなく「エエ、ハイ」などに終始した。
- 持ち主の顔写真をもって、近所の商店などに確認、違うといわれた。
大手業者は
- なりすましの女性所有者に疑問を持たなかった。
- 先の不動産業者から「詐欺の疑いがある」との通報に、この話を壊して自分が交渉相手になろうとしている、と握りつぶしてしまった。
- 内部でも「この取引は危ない」との意見がなされたが、組織の壁で退けられた。
結論
- 中小の不動産業者たちは、大きな金額なので神経をとがらして慎重に対応した。
- 大手企業はこのくらいの金額には慣れていた(マヒしていた)。
- 組織でこの土地を買う方向が決まったので、方向転換が図れなかった。
私たちは、この事件が発覚したとき、あんな大企業が詐欺にあうとは! と驚いたものである。しかし、組織の大きさゆえのもろさを目にすることとなった。
この事件は、法務局に所有権移転の届けをしたとき偽物と判明した。騙された55億円は返されていない。会社はこの事件を機に内紛が起こり低迷している。
この大手企業の名は、積水ハウス。
アキレス腱断裂の記録
理事 髙橋 美枝
8月17日の日曜日。空手の稽古中に、左足から「バン!」とすごい音がして、アキレス腱を断裂しました。最初、床がぐにゃぐにゃしていて変だと思ったら、ぐにゃぐにゃしていたのは自分の足でした。直後から全く踵を床につくことができず、段々と痛くなってきて、すぐ激痛になりました。
日曜日で診てくれる病院も少なかったけど、道場の皆様が一斉に協力してくださり、何とか救急外来にかかることができました。道着のままで病院に運んでもらい、そのまま自宅まで送っていただいて、自宅に入るための5段の階段を旦那の肩に掴まりながらヨロヨロと昇り、どうにか自宅内にたどり着き…
ここから片足生活のはじまりで、人生初の松葉杖を体験。手術室がすぐに取れず、手術はそれから5日後でした。
【手術と入院】
2名の個室だったけど、隣のおばあちゃんは翌日退院していき、完全個室状態で4日間過ごしました。
午前中の手術で、全身麻酔。麻酔はかかるときも、醒めるときも、頭がぐらぐらして、吐き気がして気持ち悪かったです。気管挿管のために上唇も切れてしまったようで、術後、口の中には血の味が広がっていました。手術直後は絶対安静4時間。ベッド上から全く動けない。トイレもダメ。
動かない、というのが一番辛かった。この時間が一番しんどかったかもしれない。
食事の内容はちょっと残念だったけど、上げ膳据え膳。こんなに楽にしていていいのか。とにかくいつも動きまくっていた毎日から、急ブレーキをかけられたような日々。看護師さん、ヘルパーさん、お医者さんも、みんな感じが良く、嫌な思いを一度もすることなく退院できて、本当にありがたいことでした。
【退院後の日常生活】
買い物ができない。何度かスーパーの車いすをお借りして買い物したけど、店内では「善意の目」がいたたまれなかった…みんな、私が困ったら手を貸そうとしてくれているのがものすごくよく分かったのですが、旦那が近くにいるときはいいけれど、一人で買い物しているとき、少しモタモタしていたら、こちらの了承を得ずに「押しますよ!」と言って、急に車いすを動かされたときは、恐怖を感じました。それ以来、一人で車いすでの買い物はあきらめて、ネットスーパーを最大活用することに。
松葉杖も、全然早く動けない。中学生くらいの子はいとも簡単そうにひょいひょい歩いていたのに、私ときたら。
一歩一歩に時間がかかり、地を這うような歩き方。いつか慣れればあんなに動けるようになるのかと、ギブスでも元気いっぱいの学生さんを見て、不安になったりしていました。
【仕事についての気づき】
私の仕事は、居宅介護支援です。何かしらの理由で要介護状態になった方たちの在宅生活を支援するお仕事をさせていただいています。今回動けなくなった体験を通して「自分のことは自分でやりたい」という強い気持ちが、人にはあるのだということを、まざまざと体験することができました。
自分が逆の立場であれば、なにも気にすることなく手を差し伸べたくなるし、相手に気にしないでもらいたいと思っているけど、じゃあ逆に、自分がしていただく側になったときは、気持ちよく受け取ることができるでしょうか?というのが、今回、私が与えてもらった経験のような気がします。
利用者様のために様々な提案をし、ヘルパーとして手を差し出しても、拒否し受け取らない利用者様もたくさんみてきました。
自立支援とはなにか。という体験を、少しだけさせていただけたこの機会。まだまだリハビリ中で、片足の装具を外せない状況が続いている中で、日々、たくさんの方の善意に触れ、感謝の気持ちを感じない日はありません。と、同時に、どうしても「申し訳ない」「私のために、時間と手間を取らせてしまい、ごめんなさい」という気持ちが、ずっとあります。
単純に「受け取る」ということは、私にとっては難しいことでした。感謝や自己否定、自立心がない交ぜとなった、マーブル模様の感情です。ただ、割合として考えたら「感謝」が一番を占めています。
こんなに良くしてもらっていいのかな。なんでみんな、こんなに良くしてくれるんだろう。と。
道場の皆様、職場の仲間、家族。仕事も運動も全部一生懸命やりたくて、怪我をしてしまってごめんなさい。おかげでなんと自分が恵まれた環境にあるのかということを、確認することができました。
ありがとう。ありがとう。本当にありがとうございます。
保護中: 日野福祉の学校 運営委員会 速記録 2025.10.3
政治を語る 9月28日
テーマ: なぜ我々は政治の話をしないのか?
時間: 14時~16時 (13:30より受付、飲み物等はご持参ください)
場所: ゆうりかホールにて
参加費:会員300円 非会員500円
