6名参加でした。
子どもの焚き火体験を応援するグッズ
『手作り火吹き竹』
(昔の人は知恵を出して豊かな生活を作り出していたことに学ぶ)
理事 中能孝則
そんなに遠くない昔。子どもたちは、地域の広場や自然の中で仲間と群れて遊ぶことが日常的でした。川遊びをしたり、海で貝や魚を採ったり、野山では木の実を採ったり、野生動物を追いかけまわしたり、地域の広場では缶蹴りや鬼ごっこ・チャンバラなど、日が暮れるまで夢中になって遊んでいました。
そしてこれからの季節になると焚き火を楽しんだ記憶がよみがえってきます。
中間と寄り合って焚き火を楽しみ、そのぬくもりも感じることができました。そして火の怖さについても、十分に体験することができたように思います。
そのような視点から、
子どもの焚き火体験を応援するグッズの一つである、火吹きだけについて、能書きをしたためてみました。
資料作成:NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟 中能孝則

田舎の生活にタイムスリップしてみると懐かしい生活様式が思い出される、その一つに火吹き竹がある。長めの火吹き竹だけは五右衛門風呂を炊くときの必需品(写真上段)で、短めの火吹きだけは土間にあったかまどで使われていた(写真中断)。写真下段は竹の曲がり具合が気にいったので只今制作中の竹)
この火吹き竹も最近ではキャンプの時の火おこし以外は必要性を感じないが、火吹き棒という名で調べてみると、数百円のものから1万円くらいまでさまざまであり、伸縮して持ち歩きしやすい物から長いものまでデザインも豊かで個性あふれるたくさんの種類が販売されている。ここまでくると実用品というよりコレクションではないだろうかと思うこともある。
また、火吹き竹を調べてみると、なんと千円から3千円くらいまでこれまたバラティーに富んだものが販売されているから驚きである。
しかしここで紹介する火吹き竹はまだどこでも見たことがないような気がする。となると私の生まれ故郷である甑島(こしきしま)のオリジナルではないだろうか。と勝手に思い紹介させていただきます。
その特徴は先端部分の二本の角である。なぜ角があるのか小学生のころ父に聞いたことがあるが、父からは二つのことを教えてもらった記憶がある、一つ目は竹の先端で生火を押したりずらしたりするときに、この角があることで、竹の先端が焦げないようにしてあるとのことであった。もう一つは息を吹きかけると竹の先端に空いている小さな穴から勢いよく風が出るのであるが、角のあるおかげでその風の勢いが増すとのことであった。
二つめの理由については検証したわけではないので、正しいかどうかは定かではないが、小さい時に教わったものは今でもしかりと記憶に残っていて、竹とノコとキリと節を抜く鉄の棒があればすぐにでも作ることができる。
最近では田舎でも風呂に入る前にお湯用の蛇口をひねれば数分で風呂に入ることができて便利である。しかし私は、田舎に帰ると今でも五右衛門風呂を焚いてもらうことがある。火吹きだけはその風呂焚きの必需品であり、所定の場所に鎮座している。また、薪で沸かした五右衛門風呂にはいると身体の芯まで暖かくなり湯冷めもしないような気がする。
たかが火吹き竹、お金を出せばすぐに買えるこの時代であるが、記憶の根底にあるのは生活の不便さを解消するために先人たちが知恵を出して作り出されたものである。
生活は便利な方が良いことは百も承知であるが、便利さに隠れて知恵を出す機会が少なくなってはいないだろうかと思う今日この頃である。
私の山荘ではBBQやたき火には、今でもこの火吹き竹を使っており欠かすことのできない友である。 そして、私は『森のようちえん冒険学校』の執筆にあたり、幼児青少年のうちに、火遊びの楽しさと火の怖さの体験を心と体にしっかりとしみ込ませてほしいと願っています。

保護中: 運営委員会速記録 2023.10.2
たまりば 10月13日(金)
日時 2023年10月13日 19:00 ~ 21:30
場所 ゆうりかホール
出席者 入手、川松、熊谷、大矢、槇島、沢渡夏代、下矢、高橋、椿坂、中能、湯本、米沢、渡邉、藤永明子、藤永 15名



(皆さんの発言をランダムに紹介する)
- 子どもたちが各地で活躍している話。妹が料理をしているが味覚障害になったので、針治療している
- 札幌出身で世田谷に暮らし、今は日野に住んでいる
- 鹿児島の高校で紹介されて18歳で日野に来た。甑島での体験が好奇心を揺さぶり続けている 感覚的にやっていきたい
- つい最近ひのふくに参加した。釧路出身、ホームヘルパー11年
- 無職。働いた経験なし。自分が考えることのない道具になるのは嫌だ。日野に2歳から住んでいるけれど、いまだに日野はわからない
- 札幌出身。「正しい歩き方の講習会」の打ち合わせをしていて住民からの提案で何かできそうに思った
- 後期高齢者(いやな言葉)になった。19歳の夏にヨーロッパに行き、1993年にデンマーク行きの事業を始めた。9月下旬に一時帰国したときは暑かった
- 市役所に10年、同じことをやってきた。障害児の希望の家 障害者は「くまがい」が言いにくいので、「くま先生」と呼ばれている
- 日本は不登校が多い。日野でも小・中学で500~600人いるのではないか。文科省は、「原因は何か?」という発想がない。対処法しか考えていない
- デンマークにも学校嫌いはいる。教育を受ける権利があるので、どこで教育を受けてもよい。不登校児に教員が電話することもある。教育を受ける機会がある。進路に迷い1年休んで勉強以外をする人もいる。
- 日本は鉄道のホームでもどこでもあれこれ教えてくれる(うるさいほどの放送)が、ヨーロッパでは、教えてくれない。自分で調べねばならない
- 日本の教育は人がものを考えないようにするものになっている
- 優れた予備校では、問題を見たらこれの答えはこれ、と解き方がわかるように教える。考えちゃダメ(だから知らない問題は解けない)
- 猫×脳活のコマーシャルを見た。免許更新で認知症検査を受けた。16個中9個わかった。次のページにヒントがありいくつか分かったが2個はわからなかった。 これは高齢者への嫌がらせと思う
- うちの猫が朝4時に起こしてトイレに連れて行ってくれていたが、最近早くなり3時に起こすようになった。だから寝不足でミスをして同僚に怒られる。日野の変遷を見てきた。田んぼが減りカエルの声を聴かなくなった。市役所に努めたが刺激が少ないので夜学で障害者の資格を取った
- 社会はいろんな人で構成されている
- 障碍者手帳をもらえないボーダーの問題
- デンマークに受験はない。自己肯定感があると大学に行く必要がない。中学、高校で試験があり、大学入学の指針になる
- デンマークではシャワーで汗を流す
- 日本でも朝シャン。朝シャワーが増えている
- 北欧3国に車いすの友達と行った。日野のモノレールに車いすを固定できるフックはあるが車掌が知らなかった
- 寝たきり老人がいないというデンマークに2回行った。事業継承のめどがついた。体の悪い人も採用している
- デイサービスの青春バス旅行に対して、なぜおじさんは「青春」が好きなのか? 年寄りに明るい話が少ないから
- 多数決の暴力:2:8の対話から合意へ、デンマークでは会話のルールはない。日本では臭いものにふた。傷つけるかも? と会話をやめる。デンマークでも株主総会は多数決
- いじめ:人間が生活する限り存在する 日本は自殺に追い込む。デンマークには悪質なのはない 。少人数教育で、子供の顔色がわかる。大人から否定されないので、自己肯定感が育つ
※ 参考 先端教育オンラインより、2022年のデータ
小・中学校における長期欠席者のうち、不登校児童生徒数は244,940人(前年度196,127人)で、児童生徒1,000人当たりの不登校児童生徒数は25.7人(前年度20.5人)。不登校児童生徒数は9年連続で増加し、過去最多となった。なお、調査結果はURLで確認できるhttps://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm
未来が見えない時代に
副理事長 藤永清和
先日、福山まで700km強走った。ナビでは走行時間約8時間半だったが12時間かかった。2回の給油と休憩、物見遊山のためだ。自然吸気の軽ハイトワゴンでは少しの上り坂でも新東名の制限速度の時速120kmを維持できなかった。長距離(長時間)走るとシートの座り心地も気になった。今乗っている車も10年になる。あと5年くらい乗るつもりだったが、もう少し快適で自動ブレーキなどの安全装備を持った車が欲しくなった。軽の電気自動車は圧倒的なトルク(駆動力)のため重い車体でも加速は良い。しかし、安心して走れる距離は100kmくらいで充電に30分かかるので長距離ドライブには使えない。電気自動車は将来、自然エネルギーで発電できる時代になれば停電時の電源にもなると思っている。しかし、現在は化石燃料と原子力で電気を作っているので環境対策にはならない。いずれは自然エネルギーを用いて二酸化炭素を回収し水素を作って合成燃料を作れる可能性もある。
近年は気候変動が明らかに災害を起こしている。二酸化炭素を吸収する森林が火災によって失われている。今年の夏は、「熱中症対策のためにエアコンを使え」と盛んに言われた。エアコンの使用も周囲を暑くする。新型コロナウイルス感染対策に窓を開けて換気すれば冷暖房の効果を弱め、さらにエネルギーが必要になっている。
ロシア・ウクライナ戦争は終わりが見えない。アメリカは勝たせないように配慮しながらウクライナを支援している。これはロシアの核抑止力が働いているからと思われる。
このような状況下で、私たちに何ができるのか。みんなで考えてみたい。
保護中: 運営委員会速記録 2023.9.4
たまりば 9月15日 19時
19:00~21:30 ゆうりかホール
入手、高橋、渡邊、大矢、米沢、椿坂、槇島、藤永、湯本
大塚さんの焼酎をいただきながら語り合った。
- 法事に行くため700km軽自動車を運転したが、車の力不足でアクセルを踏みこんでも上り坂ではスピードが落ちて大変だった。
- チームワークやコミュニケーション能力が重要視されるけれど、コミュニケーション能力の欠けた人はどう生きればよいのか。
- 私の長年の課題である「探索行動」を、「ひと息 ため息 心意気」で取り上げてもらって嬉しかった。長生きしてよかった。探索行動は虫にもある。
- 私の子供のころは、勉強、運動の優等生だった。公演に向けて第九の練習に参加しているが、音楽はいい。
- カラオケに一人で行くが、親から聞き覚えた昭和初期の歌も歌う。
- 母親は音楽会に連れて行ってくれた。
- 特に自分の好きなジャンルはないが音楽が好きなことに気がついた。
- 引きこもりのときは、外界から自分を守るために音楽を拒否していた。
- 自分を守るため、麻痺させないと傷つく。
- 最近ピアノのコンサート行ってきたがとてもよかった。
- 音で教室の雰囲気分かった。もっと敏感であればよかった。
- 日本は自殺が増えているが、対症療法ばかりで根本的な解決に取り組んでいない。
- 最近「発達障害」が増えている。大人の「幅・包容力・ゆとり」が問題ではないか。
- 社会が暖かければ「発達障害」増えない。多少はみ出す人がいることを許容していれば。
- 福祉の現場にいるが、高齢者を尊敬するように言われても尊敬できない。
- 尊敬という言葉に無理があるのでは。「敬意をはらう」が適当だと思うのだが。尊敬できない人も尊重する。
- 学校ではじっとしてないと許されない。置物みたいに。その結果指示待ち人間になり、斬新な発想が出ないのは当然だ。
- 親に問題があり、夏休みになると居場所のない子供がいると聞いて驚いた(機能不全家族)。
- 親はいつ親になるのだろう。子供ができたらその時になるのだろうか。
- 最近の政治で日本は嘘が通るようになってしまった。日本の衰退のなかに自分がいる。自分にも責任がある。
- 失敗したらその現実を認めること。謝らないのは恥ずかしいことだ。
保護中: 運営委員会速記録 2023.7.3
私たちを縛る嫌ななことば
理事長 湯本 宣
この世に生まれて自分がどう感じるか、ということから人生が始まるのだと思います。もちろん物心がつく前、自分という意識もないまえです。
私の知人が「ひとには探索行動というものがあって、本来的に備わったものです。」というお話でした。その時の記憶があいまいだったのでネットで探ると「探索行動は、子どもが目に映るものや耳に聞こえるものに対し、強い好奇心を抱き探ろうとする行動」とありました。
私たちはその人間としてのスタートから探索行動をしないよう育てられます。社会に合わせられることを「しつけ」と称して。探索の好奇心が満たされることはなく、大人の都合の中で生きていくしかありません。
それが、おそらく何世紀来続いています。そのように育った親が子どもに「探索行動のままに生きていては人の世でいきてはいけない」と教えているのです。
それに拍車をかけているのが学校生活です。
いつも正しい答えを求めることを教え、正しいこたえを握っているのは教師といわれるひとたちです。この教えは高等学校まで続いてその総仕上げは入学試験。大学の4年間では抑圧された探索行動の息を吹き返すことはできません。
社会に出ると「創造性や個性的なあなた」が求められていますが、ただし「規範や前例を逸脱しないように」との条件付きで。
そんな世界、そんな窮屈な生活から抜け出したいですね。
「KY(空気が読めない)」という私たちを縛る嫌なことばのない世界へ!
みんなで語ろう 私たちの教育 2023年10月22日
- テーマ 「受験」
- 10月22日(日)14:00 ~
- ゆうりかホール
- 参加者 9名
参加者の発言要旨
・高校は進学校に入ったら勉強が難しくていっぺんに下位になってしまった。
あまり勉強しなかったので、楽に入れる大学に行った。
学生時代も遊んでばかりいたので、親には顔向けできない。
学力つかなかったので「大学出」というのははばかられる。
・入試というものは悪くないと思う。内申悪かったので高校受験は失敗した。
大学は都落ちした。
・工業高校に入った。61歳で鍼灸師、ケアマネ試験も受けて資格を取った。
目的が明確であれば試験大事だと思う。
長女は音大へ、次女は美大、3女は動物の看護、4女は文化服装学院へ。
学歴による給料の差大きかった。
・学齢前の時代が光っている。
中学・高校は葛藤の時代だった。
大学に行ったが、親元を離れて馴染めなかった。
教員になったが、子供との生活楽しかった。
その後悪い教育環境になっていった。
障害児教育は緩くなったが、子供中心でない。
・小6で中学受験。中学は管理教育だった。
自分の面白いと思うこと勉強したい。
本のほうが中身が濃い。
働く準備のための大学は嫌だ。
・受験はあるものという意識だった。
頑張って入った高校だがやる気を失った。
子供には自分のやりたいことをやるようアドバイスした。
・自然と触れ合うことは好きだが、人とかかわせられるのは嫌だ。
・九州の島の生まれなので、受験とは縁がなかった。
就職して、大学と高校組は学歴の差が大きかった。
コンプレックス大きかった。
人の生き方は自由。差別はない。
子供達には不便さを楽しむ力を身に着けてほしい。
次女は中学で不登校に。自主休校にした。
文責 湯本
